2007年、愛知県大府市で認知症の91歳の男性が列車にはねられ死亡した事故が起こり、JR東海が同居していた当時85歳の妻と横浜市に住んでいた長男に電車遅延の損害賠償を求め提訴した。
裁判では妻と長男が民法712条と713条にある監督義務者に当たるか、監督義務者に当たるなら監督義務を果たしていて免責されるのかが争点となった。一審・二審での賠償命令判決は2016年3月1日の最高裁において破棄され、結果的には「同居する配偶者というだけで、監督義務者に当たるとは言えない」、
「介護する家族に賠償責任があるかどうかは、家族の健康状態、親族関係の濃密さ、同居しているか、介護の実態などを総合的に考慮して判断すべき」との指摘と共に、妻と長男の賠償責任なしと結論付けられた。
自宅で認知症の介護を行うことは非常に負担が大きく、家族が四六時中目を離さずに見ていることは困難である。力を尽くし疲れ果てている場合もある家族に、負担を押し付けるのはどうなのか、今後ますます認知症高齢者が増える社会において、そういった批判に応える形での判決となった。
しかし一方で、損害を受けたのが個人であった場合、その補償が受けられないことを考えると、JR東海側が、「認知症患者が損害を与えたときに、被害者に泣き寝入りを強いるのでは、認知症患者が社会から危険視される」と主張したように、認知症の人の自由を制限すべきという意見が社会の中に生まれる可能性は否定できない。
これからの社会では同じようなケースが増加していくことは明らかである。とすれば、賠償の責任をだれが負うかということより、高齢者を見守る地域づくりを行う責任に注目すべきではないか。認知症の人の移動を想定した事故の防ぐ街づくりや仕組みのため、地域住民には何ができるだろうか。
(坂井圭介)
「介護漂流 ――認知症事故と支えきれない家族」著者名:山口道宏編著 出版社:現代書館